私の師匠は自然界
私はデザイン上で悩んだり、わからなくなった時、きまって外を見ます。私の先生は山々であり、川であり、木や植物なのです。
自然界には同じ形の山も木もありません。りんごにしてもみかんにしても同じ形はありません。
人間だってそうです。50億人もいても同じ顔はありません。
これが自然界なのです。
私たちはこの自然界の中に生まれ育ち生活しているのです。
人は誰しも幸せになりたい、充実した人生を歩みたいと思っています。私もそうです。
いかに生きるべきか、この地球上にオギャーと生まれ、どのような考え方でどのような行動をしてゆくことがベストな生き方なのか、と小さい時から疑問に持ちながら、問いかけながら生きてきました。
子供ながらに偉人伝や道徳の本、宗教関係の書、宇宙についての本、中学生になると四次元世界とか不可思議な世界の本にも興味を持ち出し、死後の世界にまで興味を持ちました。
ある日、不思議な世界を科学的に研究されている工学博士に手紙を出しました。
私はもっともっと知らない世界を研究したいのですが……
ところが先生からのお返事は「やめた方がいい」でした。
その理由は心の持ち方により危険性があるとのことです。「愛の心がもてますか」ということでした。 私は頭をハンマーでガーンと打たれた感じでした。
それから、その方面の研究追求はやめて、数年後、19才の時、青年団の研修で淡路島青年の家での講演で「愛について」という話を聞いて、私はいい意味でガーンと来ました。感動しました。
その時、はじめて中学の時に工学博士に言われたことの意味がピーンと来ました。
家に帰ってからもうれしくてたまりませんでした。愛という言葉の深いことが日々感じてきました。
それから35年経ち、今54才ですが、まだまだ愛という言葉が意味深いので理解したとは言えませんが現在の私がモデルとして見ているのは、やはり太陽であり、水であり、空気であります。
太陽は光を放ち、生きとしいけるものを生かしています。生かされた私たちから何をくれと要求しているわけではありません、空気も水もなかったら人間は死んでしまいます。
しかし、空気も水も、おまえにはやるが、おまえにはやらないなどと差別はしておりません。
また、与えたものから何かをくれとも言っておりません、与えっぱなしであります。
これが究極の愛だと思います。
木と植物との関係も切っても切れない関係です。
木から酸素をもらい、人間から吐く二酸化炭素を木が吸います。植物を食べて栄養をとり、人間の廃物が植物の栄養になります。素晴らしい関係です。
このように地球上および宇宙空間に生かさせている自分を発見します。
私はより理想的な生き方を求めて来ましたし、今も求め続けています。
日々の考え方も行動もです。当然仕事も理想に近い形を求めています。
いつも自分に問いながら進んでいます。同じものを沢山つくるのか?、一個一個バラバラのものをつくるのか?
当然、一個一個バラパラのものを作ることを中心にする、なぜなら自然界は一個一個バラバラの世界だから、
人間が作った科学的なものを中心の仕事か、自然界に存在するものを扱う仕事中心か?
当然自然界のものを中心であります、ですから、木と漆のものを中心としたものづくりをしています。
仕事は夜中がいいか、昼間がいいか? 当然、昼間の仕事が主です。太陽が昇るとともに仕事を始め、太陽が沈むとともに仕事を終えるのが理想です。
まだまだ考え方も仕事も人間関係も理想とはほど遠い状況ですが、 これから、もっともっと自然に即した生活と仕事をしてゆきたいと思っています
平成17年12月22日 山岸厚夫