日本の伝統工芸・漆器 うるし工房 錦壽(山岸厚夫)
 
 
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山岸厚夫
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作り手・山岸厚夫

ご挨拶           還暦を迎えて(23/5/16)

私は高校卒業した18歳の時から漆塗りを習い、また商業高校卒で簿記が出来るということで、経理担当
そして5月に父が私を連れて得意先を一緒に挨拶まわりをし、翌月から私1人が営業することになりました
その後、父(当時代表だった)が仕事で営業に行くことはありませんでした
私は三役をこなす立場でスタートしました。
朝7時から塗り場に入りました(今は8時ですが)、上塗りして30分後にフシ取りと言って塗っているうちに付いたゴミを取るのですが、時々手が滑ったり、椀を落とすことがあります、20cmか30cmもないのに落ちると凹みます、それは直さなければなりません、こんなぐらい落とすことはお客様が使っていてよくある事だろう、でもこんな程度で凹む漆器って使いづらいなぁと思っていました。
また納めた汁椀が1年も経たないのに剥げたというクレームで東京の問屋さんに行きます、なぜこんなに簡単に剥げるのか?と言われます。経験不足の私は原因がわかりません、ただこんな短い期間で剥げる漆器はお客様は使わないだろうなぁと思い、丈夫な漆器の研究を少しずつ始めました
よく店頭でこの漆器は何回あるいは何十回塗ってありますから丈夫ですというトークを耳にします
塗り回数で丈夫さが決まるのだろうか
下地は一般的に生漆に地の粉とか、との粉を蒔いたり、混入して塗りますが、一般的にわかりやすく言うと家づくりの時の土壁を作るのに似ているかなと思います
それじゃ何回も壁を塗り重ねれば丈夫なのか、厚い壁は保温力は増すでしょう、でももろく、崩れやすいでしょう、椀も同じことが言えます、厚い塗りはある部分は強いでしょうが、ある部分は問題が起き易いのです
たとえば上渕などは薄いです、その渕に厚い壁のような下地が何層にもなると、ポーンとあたった時にもろく取れやすくなります、木地はなんともなくても下地部分が取れたらお客様は剥げたという表現になります
また、椀の内側の布張りですが、キッチリと漆たっぷりで貼った場合は丈夫ですが、漆分が少ないと貼った布が取れやすかったり、中で浮いてしまい剥げる原因ともなります
どうしたら丈夫な漆器が作れるのか、まず漆って本当に強いの、多くの皆さんがキズつきやすく柔らかいイメージで大事に大事に扱わないとダメというイメージが強い現状です
私は人に聞いたり本を読むだけではダメと考え、山形の方や地元の昔漆掻きした方に漆掻きのやり方と道具をわけてもらい、地元の山をまわって自然に生えている漆の木20本余りを見つけ、4日に一度漆を採りに山に行くことにしました。朝4時半頃起きて、5時すぎに到着、漆掻きを始めます、その香りのなんといい事
次に行くと前に掻いたあとに漆がたれて乾いている部分があります、それは硬いです、キズなど全くつけられません、こんなに硬い漆が製品になると柔肌になってしまうのか、疑問が湧いてきました。
とにかく私は漆の力をそのままに生かす塗りをしよう、そうすれば丈夫な漆器が出来ると考えました。
木地に次の下地が密着がいいように生漆を吸い込ませます、下地も漆が多い方が丈夫なので液体状の下地漆を作り刷毛で下地塗りをしました、すると刷毛目がでます、職人の世界では下地の刷毛目は研いできれいにするのが基本らしいのですが、私はきれいにするためより、丈夫さを主体としているのだから刷毛目はあってもいいと判断しました。その上に中塗り、上塗りをします。多くのお客様の声はキズが付きやすいとのことです、私が上塗りしても表面は結構きれいな雰囲気です、キズが怖いなら最初からキズだらけにしてしまえばいいと考えました、これはジーンズを買ったときに新品ぽいのが嫌でわざと洗濯して使い古した表情にしました
今、ジーンズの世界ではではストーンウォシュとか言って当たり前の加工になりました。
私の漆の場合は上塗りして乾いた後に細かいサンドペーパーで軽く表面を研いで、その上に漆を浸み込ませます、それによってキズに強い表面になります
使いやすい漆器づくりがジーンズと似ていることからジーンズ感覚の漆器といい始めました



10年程前に個展をした時、ピカッと光沢のある漆器をつくり、並べていました。

お客様ほとんどの方が、入り口に入られてすぐに「手入れは?」「どんな布を使って磨くの?」など、とにかく扱いの質問をするばかりで、器の形や価格を見るのは二の次でした。

私は、もっと気楽に使える漆器を作りたいと考えました。

まず最初にキズが付くのが怖いなら、最初からキズだらけにしてしまおうという逆転の発想です
つまり使い古した雰囲気を作るのです

当時ジーパンを買うと新品の雰囲気が嫌でわざわざ洗濯してから使用し始めました
つまりジーパン感覚の漆器です

塗りあがった後にすごく細かいペーパーで全面を研ぎ、その後、拭き漆と言って漆を刷り込んで仕上げるようになりました、漆を刷り込むことにより、塗りあがりの表面より強くなり、爪をたてて引っかいても傷が付かないほどの硬い表面になりました

次にお客様の心配はすぐ剥げるという不安です

研究しました。剥げるとは木地と塗りの密着が悪いまたは厚い漆塗りが欠けることと分かりました。
木地と下地の密着は木地に最初、生漆を吸い込ませる木固めの工程をしっかりすることで剥離が少なくなりました。
また厚めの漆ですが、これは下地の工程の時になま生漆と地の粉、との粉との混合配分によって異なるとわかりました。

丈夫さと混合比率を研究しました。すると漆が多い方が丈夫とわかったのですが、ヘラでは付けられないほど柔らかい下地漆が出来、刷毛で下地を塗ることにしました

刷毛で下地をしたら刷毛目が残ります、伝統工芸の世界では刷毛目は研いで平らにするのが基本ですが、あえて平らにする必要はないと考え、刷毛目も手の味と考えました。

下地の上に黒中塗りを塗り、朱漆を塗って研いだら、根来の雰囲気になり、根来塗り中心の作品を作るようになりました。

中塗りを朱漆、上塗りを黒漆にして研ぎだしたら、黒の下の朱色が出て、曙塗りとなりました。


山 岸 厚 夫 プロフィール
1951
福井県鯖江市寺中町21-2-1に生まれる
1969
  武生商業高校卒業、家業である漆塗りを習う
1975
  自分が欲しいもの、作りたいものを作りはじめる。

一品ものの芸術作品を作る作家より、日常に使う普段使いの漆器づくりを中心に制作をはじめる
1977
  漆をよく知りたいと思い、近くの山で漆の木を20本程見つけて、「漆かき」を体験する。

そこで知った事は漆が木からにじみ出る時の香りはすばらしい。まるでハッカのような「スカッ」としたような香りに初めての感動を覚える。
また、漆が固まったときはすごく硬いものだということをあらためて知り、漆の質を見分ける目を養う。

このときの体験が、後の作家活動に対し大きな影響を与える。
1985
  漆の良さについて知らない人が多く、漆器離れが増えていることを感じる。

この頃から、丈夫で気軽に買える価格で木製の椀が出来ないか、研究をはじめる
1987
  漆器の原点を探りはじめる。

(山岸 談)
漆器をよく使われる方には、木の椀を勧めた。私は木の器を作る時、木の味をなるべく表現するため厚めの木地づくりし、漆は油分や下地材など最小限にして、漆本来のもつ強さや光沢を最大限に表現すよう作成しました。
1988
  「山岸厚夫のうるし展」を浜松市のギャラリー「汎」にて開催。

個展の様子が地元、静岡の新聞に掲載される。
1989
  個展を東京・国立のギャラリー「岳」にて開催。

はじめて荒挽の盛鉢を3点出展。道路から見える所に陳列したので、それを見て来店された骨董屋の主人、美術大学の教授などと新しい交流が始まる。
1990
  生家の二階を「うるしの部屋」に改装。

床を漆塗りして作品陳列した。家庭画報が「うるしの部屋」を取材。掲載される。
1990
  ホテルオークラの「メノワ」で個展を開催。

ホテルオークラの役員、NHKの番組のレギュラー出演者などと交流が始まる。
1991
  山口県小郡の「土遊び」で6年連続、毎年秋に個展を開催。

6年使っても丈夫という事で自信がついてきた。
1992
  東京・浜松町の東京都立産業貿易センターで「暮らしの器展」を主催。

(山岸 談)
最初、私の商品のみで展示会を予定していたので、東京の友人に50坪のスペースにて手配を依頼しました。ところが、友人が間違って500坪の会場を予約してしまった。現場を見て、あまりの広さにビックリ!すぐ会場を半分の広さに変更。 しかし250坪でも広いので、急遽知り合いの作家達に電話をし展示会をしないかと声をかける。

漆器作家が18人、陶器が3人、家具が1人、アクセサリー、和紙、絵画、帽子、そしてホンダの手作りオートバイまで出展となった。朝日新聞の全国版に載ったことから、沢山お客様が来られ、今まで見たことない作品ばかりと好評でした。
1993
|
2000
  日本全国。各地のギャラリーで個展を開催。

山岸のポリシーは「地図を見るだけでなく、自分の足で歩いて見たい」また、「各地のお客さんと直接会って話がしたい」。とにかく時間のある限り全国の個展会場へ現れる、まるで「旅作家」であった。
 
1999
  銀座三越より展示会の依頼を受ける。
ぎゃらりー「う」の作家のメンバーが面白いとのことで「12人展」を銀座三越にて開催。
2000
  ネット店オープン
2005
  3月、6月、10月、12月
ニューヨークで4箇所で個展開催及び講演
2007
  9/15 おもいっきりテレビで10分間 山岸家と当工房の様子が全国に放映された
2010
  9/25 ぐっさんとベッキーが司会の「にじいろジーン」という番組で嫁姑が美人に変身するというコーナーに出演、工房も全国に紹介される
2011
  8/23 韓国の定林寺址(ジョンリムサジ)博物館に私の作品が常時展示されることになった


有限会社 錦壽
(ゆうげんがいしゃ きんじゅ)


〒916-1232
福井県鯖江市寺中町21-2-1
TEL:0778-65-3001 FAX:0778-65-2490
店舗運営責任者:山岸厚夫


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